株式会社ノグチ

ノグチの歩み

沿革

  • 明治43年(1910年)
    野口弥八郎により、製材業・製材問屋「野口弥八郎商店」創業(東京府東京市本所区柳原町1丁目東横川河岸115号)
  • Japan at that time明治43年頃
    日本の大陸進出が進むなか、明治42年ハルビン駅で伊藤博文が暗殺され、国内では、幸徳秋水・管野スガら社会主義者・無政府主義者が明治天皇暗殺を計画し、24名は死刑、2名に無期懲役の判決が下った(大逆事件)。以後、社会主義運動は「冬の時代」に入る。
    大正時代
    野口弥八郎商店は、樺太(現在のロシア・サハリン州)よりエゾ丸太(エゾ松)を仕入れ、それを本所区太平町(現在の墨田区太平)にあった自店の製材所で製材し、販売していました。当時は樺太から丸太でいかだを組み、海を船で引いて運んできました。
  • 昭和10年(1935年)
    野口弥八郎死去により、二代目 野口市郎が継承、「野口市郎商店」に改称
  • 昭和21年(1946年)
    「野口商店」に改称、東京都本所区江東橋1丁目16番にて営業開始
  • 昭和26年(1951年)
    「株式会社野口商店」設立(資本金50万円、代表取締役社長野口市郎)
  • 設立
    昭和26年
    昭和26年、戦後の焼け跡がわずかに残るなか、株式会社野口商店を設立したころの写真です。
    Japan at that time昭和26年頃
    サンフランシスコ平和条約が調印され、日本が国際社会に復帰。第1回NHK紅白歌合戦が放送され音楽文化が広まり、政治・経済・文化の転換期となった。
  • 昭和43年(1968年)
    野口市郎死去により、息子の野口嘉英が三代目 代表取締役社長に就任
  • 昭和40年頃
    昭和40年頃の、首都高速道路がかかる以前の竪川と横川の写真です。当時の木材運搬は、運河を利用した水上運搬が主流で、会社の前に船着場があり、川並(かわなみ)が東京港から運んできた製品を、社員総出で荷揚げしていました。
    設立
    Japan at that time昭和40年頃
    GNPが世界第二位に達し、高度成長期のピークをむかえ、昭和40年から50年にかけて、日本の経済は大きく変化した。昭和45年に開催された大阪万国博覧会は、日本の経済力と技術力を示す出来事になった。
  • 昭和44年(1969年)
    木工事部門設立(現在の造作工事部)
  • 昭和53年(1978年)
    東京都江東区新木場1丁目9番11号に移転
  • 昭和59年(1984年)
    リフォーム工事部門設立(現在の建築工事部)
    資本金2,100万円ヘ
  • 平成03年(1991年)
    「株式会社ノグチ」に社名変更
  • 平成06年(1994年)
    北村弘毅、四代目 代表取締役社長に就任
  • 平成24年(2012年)
    間明行光、五代目 代表取締役社長に就任
  • 令和06年(2024年)
    杉本淳史、六代目 代表取締役社長に就任

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